「派遣という働き方は、キャリアの終着点なのだろうか」。
この問いは、長年、働く人々の間で囁かれ、時には重たい現実として受け止められてきました。
私、大村志津子は、リクルートでの経験から始まり、人材系コンサルティング、そしてフリーライターとして、一貫して「人の働く姿」と向き合ってきました。
バブル崩壊後の就職氷河期、派遣法の度重なる改正、非正規雇用の拡大。
社会が大きく揺れ動く中で、私は常に「働く人の声」に耳を傾け、その選択の背景にある想いを追い求めてきました。
この記事では、私が取材現場で見つめてきた“派遣という選択”のリアルを、働く人々の言葉を通して紡ぎ出します。
それは、決して一言では語れない、多様な現実と、そこから見えてくる新たな視点、そして未来への希望です。
「派遣はキャリアの墓場か、それとも新たな道か」。
この問いに対する答えを、一緒に探していきましょう。
日本における人材派遣の歴史は、1986年の労働者派遣法施行に遡ります。
当初は、専門的な知識や技術を必要とする特定の業務に限られていました。
しかし、時代とともにその姿は大きく変わります。
1990年代後半には対象業務が原則自由化され、2000年代に入ると製造業務への派遣も解禁されるなど、市場は急速に拡大しました。
一方で、2012年には日雇い派遣が原則禁止されるなど、派遣労働者の保護を目的とした規制強化も行われています。
そして記憶に新しいのは、2020年から本格的に始まった「同一労働同一賃金」の導入でしょう。
これは、正社員と派遣社員との間の不合理な待遇差をなくそうという動きです。
このように、派遣制度は社会のニーズや課題に対応しながら、変化を続けてきました。
では、なぜ「派遣=不安定」というイメージが、これほどまでに定着してしまったのでしょうか。
その背景には、いくつかの要因が考えられます。
まず、契約期間が定められている有期雇用が一般的であるため、常に雇用の継続に対する不安がつきまとうこと。
特に、経済状況が悪化すると、企業がコスト削減のために派遣契約を更新しない、いわゆる「派遣切り」が社会問題化した時期もありました。
また、昇進や昇給の機会が正社員に比べて少ない、福利厚生が限定的であるといった待遇面での格差も、不安定なイメージを助長したと言えるでしょう。
かつての日本型雇用システムにおける「正社員=安定」という強い固定観念との比較の中で、派遣という働き方の不安定さが際立って見えた側面も否定できません。
「派遣ではキャリアを積めないのではないか」。
これもまた、派遣という働き方に対して根強く持たれている懸念の一つです。
確かに、派遣先の業務が限定的であったり、教育研修の機会が十分に提供されなかったりする場合、スキルアップや長期的なキャリア形成が難しいという現実はあります。
しかし、一方で、派遣だからこそ得られるキャリア形成の可能性も存在します。
例えば、様々な企業や業界で働くことで、幅広いスキルや知識を習得できるチャンスがあります。
また、未経験の分野に挑戦しやすく、キャリアチェンジの足がかりとなることも少なくありません。
近年では、派遣会社自身がキャリアコンサルティングや研修制度を充実させ、派遣社員のキャリアアップを積極的に支援する動きも活発化しています。
私が取材で出会った派遣社員の方々の中には、自らの仕事に誇りを持ち、いきいきと働いている人が数多くいます。
あるITエンジニアの女性は、こう語ってくれました。
「派遣だからこそ、様々なプロジェクトに関わることができ、常に新しい技術を学べる環境に身を置けます。正社員時代よりも、今のほうがスキルアップしている実感がありますし、何より仕事が楽しいんです。」
また、大手メーカーで事務職として働く別の女性は、家庭との両立のために派遣という働き方を選んだと言います。
「子育てをしながら正社員として働くのは時間的にも体力的にも難しかった。派遣なら勤務時間や日数を調整しやすく、家族との時間も大切にしながら、自分の経験を活かせる仕事ができています。周囲に何と言われようと、私はこの働き方に満足しています。」
彼女たちの言葉からは、「派遣=不本意な選択」という単純な図式では捉えきれない、個々の価値観や人生設計に基づいた主体的な選択が見えてきます。
一方で、派遣という働き方が抱える課題も、現場では数多く目の当たりにします。
特に、支援制度の面では、まだ改善の余地が大きいと感じています。
例えば、派遣社員向けのキャリアアップ支援として、派遣会社が研修制度を用意しているケースは増えています。
しかし、その内容は派遣会社によって差があり、必ずしも全ての派遣社員が質の高い支援を受けられているわけではありません。
また、派遣先が変わるたびに人間関係や業務内容を新たに構築しなければならない負担や、正社員との間に存在する目に見えない壁に、孤独感を深める人もいます。
派遣労働における主な支援制度と課題
支援制度の種類 | 内容例 | 課題・盲点 |
---|---|---|
派遣会社による支援 | キャリアコンサルティング、スキルアップ研修、資格取得支援 | 派遣会社による質のばらつき、派遣先の協力体制の不足 |
国の制度 | キャリアアップ助成金、同一労働同一賃金 | 制度の周知不足、利用のハードル、実効性の確保 |
教育訓練計画 | 段階的・体系的な教育訓練の実施義務 | 派遣先変更による継続性の課題、内容の画一性 |
これらの制度が真に働く人の力となるためには、よりきめ細やかな運用と、派遣元・派遣先双方の意識改革が不可欠です。
特に女性の派遣労働者の方々からは、ライフイベントとキャリア継続の両立の難しさについて、切実な声を多く聞きます。
出産や育児を機に一度キャリアを中断すると、再び希望する条件で働くことのハードルが高くなる。
あるいは、管理職への道が遠いと感じ、キャリアアップを諦めてしまうケースも少なくありません。
しかし、私はある30代の女性派遣社員の言葉に、大きな衝撃を受けました。
彼女は、子育てをしながら専門スキルを磨き、複数の企業から引く手あまたの存在となっていたのです。
「正社員になれなくても、私は誇りを持って働いてる」。
その涙ながらの言葉は、私に派遣という働き方を捉え直す大きなきっかけを与えてくれました。
彼女のように、自らの市場価値を高め、主体的にキャリアを切り拓いている女性たちがいることもまた、紛れもない事実です。
派遣会社が提供するスキルアップ支援を積極的に活用したり、同じように働く仲間とのネットワークを築いたりすることも、突破口の一つとなるでしょう。
「派遣は、キャリアからの“逃げ”なのだろうか」。
この問いに対して、私は「必ずしもそうではない」と答えます。
むしろ、現代においては「自ら選ぶ働き方」として、派遣が積極的な選択肢となり得る側面が強まっていると感じています。
かつてのような終身雇用が当たり前ではなくなった今、一つの企業に縛られずに、多様な経験を積みたいと考える人。
あるいは、自身のライフステージや価値観に合わせて、働く時間や場所に柔軟性を求める人。
そうした人々にとって、派遣という働き方は、有効な手段の一つとなり得るのです。
大切なのは、その選択が他者からの評価や社会の風潮に流されたものではなく、自分自身の意思に基づいているかどうかです。
派遣という働き方が持つ大きな魅力の一つは、その柔軟性です。
勤務地、勤務時間、契約期間などを、自分の希望に合わせて選びやすいというメリットがあります。
これは、育児や介護といった家庭の事情を抱える人や、趣味や学びの時間を大切にしたい人にとって、大きなアドバンテージとなるでしょう。
そして、この柔軟性は、働く人の自律性を育むことにも繋がります。
自らのキャリアプランに基づき、必要なスキルや経験が得られる派遣先を選び、主体的に仕事に取り組む。
その過程で、問題解決能力や交渉力といった、変化の時代を生き抜くために不可欠な力が養われていくのです。
もちろん、そのためには、派遣会社による適切な情報提供やキャリアサポートが欠かせません。
派遣という働き方は、キャリア形成において、決してマイナス面ばかりではありません。
むしろ、戦略的に活用することで、独自のキャリアパスを築くことが可能です。
正社員としてはハードルが高い未経験の職種や業界でも、派遣であれば比較的挑戦しやすい場合があります。
まずは派遣で実務経験を積み、そこから専門性を高めていくというキャリアステップは、有効な手段の一つです。
様々な企業で働くことは、多様な業務スキルを習得する絶好の機会となります。
また、それぞれの職場で出会う人々との繋がりは、将来のキャリアにおいて貴重な財産となるでしょう。
将来的に正社員として働きたいと考えている人にとっては、紹介予定派遣という制度も有効です。
これは、一定期間派遣社員として働いた後、本人と派遣先企業の双方が合意すれば、直接雇用に切り替わるという仕組みです。
実際に働いてみて、職場の雰囲気や仕事内容が自分に合っているかを見極められるというメリットがあります。
1. 自分のキャリアプランを明確にする。
2. 派遣会社のキャリアコンサルタントに相談する。
3. 紹介予定派遣やスキルアップ支援制度を積極的に活用する。
これらのステップを踏むことで、派遣をキャリアアップの足がかりとすることができます。
2.に関して、例えば、オフィスワークや医療・介護福祉分野に強く、丁寧なカウンセリングで知られるシグマスタッフのような人材派遣会社で自分に合った求人を探し、キャリア支援を受けてみるのも良いでしょう。
株式会社シグマスタッフは、1983年から続く総合人材サービス企業で、全国に拠点を持ち、厚生労働省の優良派遣事業者認定も受けているため、安心して相談できる選択肢の一つです。
冒頭でも触れましたが、私のキャリアにおける大きな転機は、ある30代の女性派遣社員との出会いでした。
彼女の「正社員になれなくても、私は誇りを持って働いてる」という言葉。
それは、派遣という働き方を「逃げ」や「妥協」ではなく、「主体的な選択」として捉える視点を与えてくれました。
彼女だけではありません。
取材を重ねる中で、派遣という働き方を通じて、自分らしいキャリアを築き、輝いている人々に数多く出会ってきました。
彼ら彼女らに共通しているのは、変化を恐れず、自らの可能性を信じ、学び続ける姿勢です。
社会全体の働く価値観もまた、変化しつつあります。
一つの企業に生涯を捧げるというモデルが絶対ではなくなり、個人のスキルや専門性がより重視される時代。
そのような中で、派遣という働き方は、個人のキャリア自律を促す一つの選択肢として、その意味合いを増しているのかもしれません。
派遣という働き方は、時にキャリアの“再出発”のきっかけとなることもあります。
例えば、一度キャリアを離れた女性が、まずは派遣で仕事に復帰し、徐々に勘を取り戻しながら、新たな専門性を身につけていく。
あるいは、予期せぬ失業を経験した人が、派遣で様々な仕事を経験する中で、本当にやりたいことを見つけ出し、新たな道へと踏み出す。
そのような“再出発”のストーリーに、私は何度も立ち会ってきました。
そこには、困難を乗り越えようとする人間の強さと、変化を恐れない勇気が満ち溢れています。
大切なのは、過去の経歴や雇用形態にとらわれず、未来に向けて一歩を踏み出すこと。
そして、その一歩を支える社会の仕組みや、周囲の理解があることです。
全ての働く人が、その雇用形態に関わらず、尊厳を持って働き続けられる社会。
それを実現するためには、何が必要なのでしょうか。
まず、公正な待遇の確保です。
同一労働同一賃金の原則を形骸化させることなく、実質的な待遇改善を進めていく必要があります。
次に、キャリア形成支援の強化です。
派遣社員が将来に希望を持ち、主体的にキャリアを築いていけるよう、派遣会社だけでなく、派遣先企業も一体となったサポート体制が求められます。
これには、質の高い教育訓練の機会提供や、キャリアコンサルティングの充実が含まれます。
そして何よりも、社会全体の意識改革が不可欠です。
派遣という働き方を、単なる「調整弁」や「低コストの労働力」としてではなく、多様な働き方の一つとして正当に評価し、そこで働く人々の尊厳が守られるような社会を目指さなくてはなりません。
「人材派遣は“キャリアの墓場”か、それとも“新たな道”か」。
この問いに対する答えは、決して一つではありません。
それは、働く一人ひとりが置かれた状況や価値観、そして社会全体のあり方によって、その姿を変えるものです。
しかし、確かなことは、「派遣=キャリアの墓場」という一方的な固定観念は、もはや過去のものであるということです。
派遣という働き方の中にも、キャリアを切り拓き、自己実現を果たしている人々が数多く存在するという現実を、私たちは知るべきです。
大切なのは、雇用形態という枠組みだけで人を判断するのではなく、働く一人ひとりの選択とその背景にある想いに、丁寧に寄り添う視点を持つことです。
なぜその働き方を選んだのか。
その働き方を通じて何を実現したいのか。
そこに耳を傾けることから、真の理解と支援が始まります。
私が幼い頃から「人の働く姿」に関心を持ち続けてきたのは、そこに人間の喜びや悲しみ、希望や葛藤といった、生きることそのもののドラマがあると感じてきたからです。
これからも、私は“誰かの働く姿”を見つめ続け、その声に耳を澄ませていきたいと思います。
そして、全ての働く人が、誇りを持ってその人らしいキャリアを歩んでいける社会の実現に向けて、微力ながら貢献していきたいと考えています。
この記事が、派遣という働き方について改めて考えるきっかけとなり、読者の皆様にとって何らかの気づきや希望となれば幸いです。
最終更新日 2025年5月19日 by leshal